2026年1月22日

厨房と客席のあいだで——松井さんが選んだ、魚沼での仕事

調理場に立ちながら、お客さまと向き合う仕事

私は、魚沼キュイジーヌ「むらんごっつぉ」で調理を担当しています。
いせんに入って、2年半ほどになります。
ここでは、基本的には料理をつくるのが仕事ですが、状況によってはそのままお客さまの前に出て、料理を提供したり、会話をしたりすることもあります。ホールの人手が足りない日もありますし、調理と接客の境目は、あまりはっきりしていません。
料理をつくって終わり、ではなく、「どう食べてもらうか」「どう感じてもらうか」まで含めて、自分の仕事だと感じています。
以前働いていたのは、京都が本店で東京にも支店がある料亭でした。
10年ほど、調理一筋でやってきた場所です。
そこでは役割が明確で、ポジションごとに仕事が分かれていました。
いせんに来て最初に感じたのは、その違いです。
調理場に立ちながら、ホールの動きも見える。料理を出したあとに、お客さまの反応をその場で受け取れる。「今、何が起きているか」が、全部つながっている感覚があります。
料理をつくることと、お客さまと向き合うことが、ここでは自然に一つの流れになっている。その距離の近さが、いせんでの仕事のいちばんの特徴だと思っています。

判断する仕事が、自分を前に進めた

いせんに来てから、仕事に対する向き合い方は大きく変わりました。
前の職場では、調理スタッフも多く、それぞれが決まった役割を担っていました。教えてもらいながら、自分のポジションをきちんとこなす。それが、料理人としての正解だと思っていた部分もあります。
いまは、そうはいきません。
調理場に立つ人数は限られていますし、料理の構成を考えることもあります。ディナーを一人で回す日もあります。
予約時間から逆算して仕込みを組み立て、その日のメンバーや状況に合わせて、やり方を変える必要があります。「誰かの判断を待つ」時間は、ほとんどありません。
最初は正直、プレッシャーもありました。
でも今は、「任されている」という実感が、そのまま仕事の面白さにつながっています。
調理だけを見ていればいいわけではなく、ホールの状況や、お客さまの動き、スタッフの様子も見ながら判断する。
料理人として、視野が一段階広がったと感じています。

料理の前に、人がつながる時間

いせんで働いていて、「いせんらしいな」と感じる取り組みの一つが、アペリティフタイムです。
ディナーが始まる前の短い時間、スタッフとお客さまが同じ空間に集まり、会話を交わします。
お客さま同士が自然に話し始めたり、「どこから来たんですか」「今日はどんな一日でしたか」と、何気ないやり取りが生まれる時間です。
自分は、もともと話すのが得意なほうではありません。
それでも、この時間があることで、食事の空気が大きく変わることに気づきました。
ディナーが始まるころには、お客さま同士が顔見知りになっていたり、スタッフとの距離も少し縮まっている。
料理の前に「人となり」を知っていることで、そのあとの時間が、どこかやわらかく流れていきます。
効率だけを考えたら、なくてもいい時間かもしれません。
でも、あえてその余白を残す。
料理の前に、人がつながる時間を大切にしているところに、いせんらしさがあると感じています。

魚沼に戻り、地域の中で料理をする

私は新潟県南魚沼市の出身で、実家は小さな食堂をやっています。
そのため、「料理で生きていく」という選択肢は、特別なものというより、ずっと身近にあるものでした。
ただ、それを強く意識していたかというと、正直そうではありません。
東京で料理をしていた頃は、技術を身につけることに必死でした。
いい食材が入るのも当たり前で、与えられた環境の中で、どう腕を磨くかに集中する毎日。
その一方で、「自分がどこで料理をしているのか」「この料理がどんな土地につながっているのか」を、深く考える余裕はあまりなかったように思います。
魚沼に戻ろうと決めたときも、「何かを成し遂げたい」という明確な目標があったわけではありません。
自分で店を出すのか、家業を継ぐのかも、まだ決めきれていない。
ただ、地元でありながら、企業同士のつながりや、市場のこと、どんな人がどんな商品をつくっているのかなど、知らないことが多いと感じていました。
一度、そうした地域のことを、ちゃんと知りたいと思ったんです。
いせんに来てからは、料理をしながら、地域との関係性を体感するようになりました。
提携している生産者のことを知り、どんな食材が、どんな状況で入ってくるのかを知る。
料理と地域が、近い距離でつながっていることを、日々の仕事の中で感じています。
雪国での暮らしも、久しぶりでした。
外から見ると大変そうに見えるかもしれませんが、自分にとっては慣れ親しんだ環境です。
雪があるからこそ育つ作物があり、雪を利用した保存の方法もある。
東京で働いていた頃とは違い、その時期に入るもの、その土地でつくられているものが、料理の軸になります。
その違いを知りながら料理ができることを、今は面白いと感じています。
将来のことは、まだはっきり決めていません。
ただ、地域のことを知りながら料理をするという今の環境は、自分に合っている。
そう思いながら、魚沼で料理に向き合っています。

雪国で料理をするということ

むらんごっつぉで料理をするようになって、食材の見え方が大きく変わりました。
東京で働いていた頃は、「いいものが入ってくる」のが当たり前でした。選択肢が多く、必要なものは揃う。その中で、技術を磨くことに集中できる環境だったと思います。
いせんに来て感じたのは、食材が「そこにあるもの」だということです。
雪があるからこそ育つもの。雪があるからこそ、保存され、旨みを増すもの。
代表的なのが、雪下野菜です。
雪が溶ける頃に掘り起こされる野菜は、甘みが増し、歯切れもよくなります。にんじん、キャベツ、じゃがいも。特別な加工をしなくても、素材そのものが強い。
雪室で保存される野菜やお酒も同じです。
一定の温度と湿度の中で、時間をかけて旨みを蓄える。「待つ」という感覚は、都会での料理とは少し違いました。
限られた時期にしか手に入らない食材も多く、「今、この瞬間にしか出せない料理」が生まれます。
むらんごっつぉでは、和食をベースにしながら、創作料理として組み立てていますが、素材の背景を大切にする姿勢は変わりません。

これから、いせんで働く人へ

いせんは、人との距離が近い場所です。
調理場と客席の距離も、スタッフ同士の距離も、地域との距離も、すべてが近い。
料理をつくるだけで完結する仕事ではありません。
お客さまの反応を見て考え、スタッフと話し、必要があればやり方を変える。
そうした判断を、日々任されます。
自分自身も、最初からできていたわけではありません。
判断を任されることに戸惑いながら、少しずつ慣れてきました。
雪国での暮らしは、慣れない人にとっては大変に感じることもあると思います。
でも、ここには人の温かさがあり、地域とのつながりがあります。
うまくいかないことがあれば、そのままにせず、どうしたらよくなるかを話し合う。
そうした姿勢が、自然と根づいている場所です。
料理だけでなく、人や土地とも向き合いながら働きたい。
もし、そう思えるなら、いせんは一度ちゃんと見てみてほしい場所だと思います。

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